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ルツ記 2章1~3節 [旧約聖書 ルツ記 ]

<ルツは出かけて行き、刈り入れをする農夫たちの後について畑で落ち穂を拾ったが、そこはたまたまエリメレクの一族のボアズが所有する畑地であった。(3節)>

「…満たされていたわたしを、主はうつろにして帰らせたのです。…」と嘆いていてナオミだったが、「この時すでに、素晴らしい助け手であるルツを備えて下さっていました。神のなさることは手抜かりがないのです。」と昨日の個所を三輪牧師は結ばれていた。

ベツレヘムに帰ったものの、二人はこれからどう生計を立てて行けばよいか途方にくれていた。丁度そのころ、大麦の収穫があちこちで行われていた。大麦は小麦の収穫に先立って現在の5月前後に始まる。ルツはナオミに「畑に行ってみます」と申し出た。

「畑で穀物を刈り入れる時、一束畑に忘れても、取りに戻ってはならない。それは、寄留者、孤児、寡婦のものとしなさい。こうしてあなたの手の業すべてについて、あなたの神、主はあなたを祝福される。…あなたはエジプトの国で奴隷であったことを思い起こしなさい。わたしはそれゆえ、あなたにこのことを行うように命じるのである。(申命記24章)」

モーセの律法では、生活基盤を持たない寄留者や寡婦、孤児が落ち穂を拾って生計を立てることが認められていた。イスラエルもエジプトで苦難を味わったのだから、今苦難にある者を助けることが求められていた。

「寡婦や孤児はすべて苦しめてはならない。もし、あなたが彼を苦しめ、彼が私に向かって叫ぶ場合は、私は必ずその叫びを聞く。そして、わたしの怒りは燃え上がり、あなたたちを剣で殺す。あなたたちの妻は寡婦となり、子供らは孤児となる。(出エジプト22章)」

それは慈善ではない。今の平安は主の恵みによるものであり、困窮の人に手を閉ざすなとの主の命令である。モーセがシナイ山で律法を授かったのは紀元前1290年頃、「社会福祉」はすでに主が命じられていたことであった。

ナオミの夫エリメレクの一族には一人の有力な親戚がいて、その名をボアズといった。ルツが刈り入れをする農夫たちの後について落ち穂を拾い始めたが、そこはたまたまボアズの所有する畑地であった。

ベツレヘムはナオミにとっては懐かしい故郷だったが、ルツには全く馴染みのない土地であった。ナオミを通してある程度理解はしていても、風習も言葉も理解し難いこともあったに違いない。落ち穂拾いは、生計を立てるための、彼女ができる唯一の労働だったのだろう。

夫も子も亡くしてしまったナオミも辛いことだったが、ルツは夫も、子供を持つ機会もなくなり、その上故郷の人々と会う希望もない。ナオミの信仰に触れたからだと結論付けなければいけないが、どうしてここまでして姑に尽くすのかと思ってしまう。

クリスチャンを父に持つルツという名の友人は、両親からこの名の由来を聞かされていたが、それが重荷で反抗ばかりして、いまもこの通りと、離婚した後、苦笑いしていた。

日曜日はお近くの教会で礼拝を http://komatsu.church/index2.htmlどなたでもどうぞお越しください。お待ちしています。


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