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イザヤ書 49章5~8節 [旧約聖書 イザヤ書]

<イスラエルを集めるために、母の胎にあった私を、御自分の僕として形づくられた主は、こう言われる。私はあなたを僕として、ヤコブの諸部族を立ち上がらせ、イスラエルの残りの者を連れ帰らせる。だが、それにもまして、私はあなたを国々の光とし、私の救いを地の果てまで、もたらす者とする。(5.6節)>

「第二イザヤの第二部の始まり(紀元前537年の解放後)です。「主の僕の使命」とタイトルが付けられ、『第二の主の僕の歌』と言われる預言が記されます。ここにはイスラエルを、再び神の民として再形成するために、主の僕が選ばれ立てられることが告げられます。」と枝松牧師は書き出される。

イザヤ書には主の僕としての主イエス・キリストについて預言されている箇所が4箇所ある。最初に出てくるのは42章で「僕の召命」について、今日の個所は「主の僕の使命」、50章は「主の僕の受難」、52章は「主の僕の身代わりの死と復活」について預言される。

「主は母の胎にある私を呼び(1節)」とある「私」とは「あなたは私の僕イスラエル(3節)」とあるところから、神の民であるイスラエルのことかと思っていたが、「あなた」や「私」が単数で書かれており、読んでいて混乱した。S長老は主イエスのことだと言われた。聖書には主イエスのことをイスラエルと表現している箇所が幾つかあるとのことだった。

その主イエス・キリストを神は生まれる前から召し、母の胎内にいる時からその名を呼ばれた。「わたしに言われた。あなたは私の僕イスラエル。あなたによって私の輝きは現れる、と。(3節)」神はキリストを通して神の栄光を現すと言われる。主イエスが世に来られた目的がそのように記される。

日本キリスト教会が発行する「小信仰問答」の第一問は「あなたは、何のために生きていますか」である。その答えは「創造主である神を知り、神を愛し、神に仕えて、みさかえをあらわすためです。」である。

受洗を申し出ると、数時間牧師から受洗準備のまなびを受ける。その最初がこの問答だった。深く考えずに受洗しようと思ったので、自分の生きる目的を学んで「そんな生き方したくない」と正直戸惑った。けれど今日、3節を読んで改めて主イエスが「神の栄光」を現されたように、クリスチャンの生きる目的もそうなんだと改めて思った。

「だから、あなたがたは食べるにしろ飲むにしろ、何をするにも、すべて神の栄光を現すためにしなさい。(Ⅰコリント10章)」とパウロも命じている。仕事も遊びも、趣味のことでも、そのために生きるのではなく、神の栄光を現すために生かされているのだと。

神の栄光を現すために主イエスはエルサレムに上られ、十字架に架かられる。

日曜日はお近くの教会でhttp://komatsu.church/index2.html礼拝を、どなたでもどうぞ、お待ちしています。


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