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ルツ記 3章10~15節 [旧約聖書 ルツ記 ]

<「確かにわたしも家を絶やさぬ責任のある人間ですが、実はわたし以上にその責任のある人がいる。」(12節)>

「…あなたは家を絶やさぬ責任のあるかたです。」というルツにボアズは答えた。「彼は没落したエリメレク家の再興の責任を担う親戚の一人であっても、その筆頭者ではなかった。彼は、筆頭者を差し置いてナンバー・ツーの自分が先走ることを慎んでいたのです。」と三輪牧師は書き出される。

けれども、その言葉に先立ってボアズは「わたしの娘よ。どうかあなたに主の祝福がありますように」と言った。解説書は「彼はルツが買い戻しの権利に従って動いていること、そのことが神の律法に適うことであることを理解し、そして主がこのことをなされていることをすぐに認めた。ナオミ同様、彼も主に満たされていた人であった。」と説いている。

彼はルツを「娘さん」と呼び、2人の年齢差を感じる。また「今、あなたが示した真心は、今までの真心よりも…」と「真心」、原語は「ヘセド(恵みを賜る)」という言葉が重なる。ルツが年齢によって、また感情的な思いから結婚を選ばなかったことを彼は評価した。それをも乗り越えて、真実は何かを主によって見極めようとする彼女の決意を感じた。

彼はルツに「心配しなくていい。きっとあなたが言うとおりにする。」と言った。ルツのボアズに対する求婚がいかに勇気のいることかを彼は知っていたので、彼女を褒めた。

ボアズは、買い戻しの権利を持つ人が「それを好まないなら、主は生きておられる。私が責任を果たします。さあ、朝まで休みなさい。」と言った。ボアズはルツの求婚に応えた。彼はベツレヘムの町の主だった人々から、彼女の良い評判を聞いていた。

ボアズはナンバー・ツーであったので、彼よりさらに近い親戚が、親戚の役目を果たし土地を買い戻すことになるかもしれない。そうなれば、ナオミもルツもその親戚のものになる。イスラエルの家を継ぐために考えられた法律だと思うが、窮屈な話だ。

その人がどんな人か、ルツは知らない。不安な心を持つ彼女に「主は生きておられる」とボアズは言った。主が御心に適った事を行われるのだから、最善の結果が出るに違いないと言った。

ボアズの足元で休んだルツが、夜明け前に麦打ち場を出ようとすると、ボアズが呼び止め、彼女が羽織って来た肩掛けの中に、大麦を六杯計ってルツに背負わせ、町へ戻って行った。

国中が同じ主なる神を礼拝するということは、相手のすることを神のお考えを通してみることができるからいいなとおもう。しかし、我々の国はつい先ごろまで誰もが、なんの根拠もなく天皇を神と仰ぐようにと命じられた苦い過去がある。

その二つは全く違う。イスラエルの神は人間ではない力で民を導いていかれる。そのことは、代々語り継がれ民の中に生きている。人間のために御子を献げられたお方である。人間と比較にならない。

日曜日はお近くの教会で礼拝を http://komatsu.church/index2.htmlどなたでもどうぞお越しください。お待ちしています。


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