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テモテへの第一の手紙 4章1~5節 [新約聖書 テモテへの第一の手紙 ]

<しかし、“霊”は次のように明確に告げておられます。終わりの時には、惑わす霊と、悪霊どもの教えとに心を奪われ、信仰から脱落する者がいます。(15節)>

「真理の霊である聖霊により、偽りの霊や悪しき霊に導かれて活動する人々が現れるようになることが、あらかじめ警告されます。それらの教師たちは、福音を信じる信仰から離れ、偽りの教えを語り、それに従うことを強要します。」と渡部牧師は書き出される。

1節の「終わりの時」と訳されている原文のギリシャ語は「後の時代」とも訳される。聖書によく出てくる言葉で、自分にとってはなかなか理解に難しい言葉である。主イエスが復活された後の時代は、「終わりの時の始まりです」とも説教では説かれていたりする。

主イエスが言われた「終わりの時」の御言葉に便乗して、人々を惑わす者がいた。不法や悪がはびこり、偽預言者や偽りの教えによって、人々は真の信仰から脱落していった。

その一つとしてこの時代、グノーシス主義という教えがあった。精神は「善」であるが、物質や肉体は「悪」と考えるもので、結婚を禁じたり、ある種の食物を断つことを命じたりした。加えてユダヤ主義の教えも合わさって、禁欲を守ってこそ、救われるとし、律法主義も偽りの教えとなっていた。

偽りを語る者たちの良心には「焼き印が押されており(2節)」とは、奴隷や家畜が主人の所有物である印として焼き印が押された。そのように主人サタンの焼き印を心に押されてしまっている者たちだとパウロはいった。

結婚を禁じたり、ある種の食物を断つことを彼らは命じたが、創造主なる神は、人を男と女に造られ、アダムとエバを出会わせて、結婚の制度を制定された、そして「産めよ、増えよ、地に満ちよ」と言われている。また、万物が造られた時「極めてよかった」と言われた。神が造られたものはすべて良いものであった。

グノーシス主義の禁欲が叫ばれると、それに逆の流れが生まれる。彼らは、肉体は所詮悪だから、悪く用いても仕様がないと主張し、情欲となって不品行を重ね、暴飲暴食を繰り返した。

K牧師は「創造主なる神から委ねられたものを正しく用いるには、信仰と全き知識と、積極的に表現された感謝の心を持つこと。信仰とは真のキリストを神の御子、救い主として信じて、聖霊の恵みを願うことです。聖霊を頂かなければ、出来ないのです。」と説かれた。

また、求めなければならない「知識」とは、聖書に基づいた正しい御言葉の理解であり、正しい神観と正しい生活の指針であり、神への感謝であると説かれた。

親しい友人が遠くの地で舌癌になり、見舞いにも行けず、彼女の治癒を祈って、退院できる日まで好きなコーヒーを断った。退院が決まった時はほんとに嬉しくて、コーヒー断ちが役立ったのかもしれないと思った。

日曜日はお近くの教会でhttp://komatsu.church/index2.html礼拝を、どなたでもどうぞ、お待ちしています。


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