So-net無料ブログ作成
旧約聖書 哀歌 ブログトップ
前の5件 | -

哀歌 1章1~11節 [旧約聖書 哀歌]

<なにゆえ、独りで座っているのか、人に溢れていたこの都が。やもめとなってしまったのか。多くの民の女王であったこの都が。奴隷となってしまったのか。国々の姫君であったこの都が。(1節)>

「紀元前587年にユダ王国の都エルサレムはバビロン帝国の軍隊によって破壊されました。そして、その悲惨な出来事を経験した人によって『哀歌』が造られました。作者はエルサレムの都の破壊のすさまじさを、かつては女王であった都が、やもめとなり、かつては姫君であった都が奴隷となってしまったと表現しています。」と三好牧師は書き出される。

解説書には「バビロンのエルサレム破壊はすさまじく徹底的であった。指導者たちは鎖で縛られて異教の地に捕囚となり、エルサレムに残った人々は、駐留兵士や周辺諸国の民の略奪と暴行が繰り返された。男は殺され女は凌辱され、飢餓に苦しむ人々は死んだわが子の肉を煮炊きして食べた。そのような地獄絵の中で人々は苦難の意味を求めた。」とあった。

著者はこの苦しみを自分たちが罪を犯したゆえに神が下されたのだと受け止めた。しかしそれでも、あまりの悲惨さではないか。誰も同情する者はいない。人々は自分たちを襤褸切れのように嘲笑する。とうたった。

「苦しめる者らの手に落ちた彼女の民を、助ける者はない。絶え行くさまを見て、彼らは笑っている。エルサレムは罪に罪を重ね笑いものになった。恥が暴かれたので、重んじてくれた者にも軽んじられる。彼女は呻きつつ身を引く。衣の裾には汚れがついている。彼女は行く末を心に留めなかったのだ。落ちぶれたさまは驚くばかり、慰める者はいない。(7.8.9節)」

彼らはエルサレム神殿に侵略し、聖なる場所を汚した。神の民の誇りは徹底的に砕かれた。あまりの惨めさに泣かざるを得ない。主はエルサレムを火に焼かれ、指導者を敵の手に渡し、若者を殺されるに任せ、おとめが凌辱されるに任せられた。酒船が踏まれ、血は大地にまかれた。

そのような中で彼らは自分たちの罪を認めていった。「主は正しい。わたしが主の口に背いたのだ。聞け、諸国の民よ、見よ、わたしの痛みを。わたしのおとめらも若者らも、捕らえられ引かれていった。(18節)」罪のゆえに主はわたしたちを砕かれたのだと祈った。

そして、「主は正しい」だからこの痛みを受け入れます。しかし主よ、勝ち誇り、暴虐と略奪を繰り返す彼らをいつの日かあなたが懲らしめて下さいますようにと祈り願った。

戦争経験のない者は、本や映像、人から聞いて想像するだけだ。それらには臭いがない、埃がない。自分のことではないのでもとより恐怖もない。それに、戦場での体験を話す人は少ないのは、それだけ壮絶であったということだろう。エルサレムの出来事は、70年前にもあったことだろう。二度と戦争をしてはならない。

「それでは危険な国があるのに、我々の国が襲われて平気なのか」と問われる。平気ではないし恐いけれど・・・。とにかく逃げて、物陰で祈ることにする。

日曜日はお近くの教会で礼拝を http://komatsu.church/index2.htmlどなたでもどうぞお越しください。お待ちしています。


共通テーマ:

哀歌 2章1~10節 [旧約聖書 哀歌]

<主はご自分の祭壇をすら見捨て、ご自分の聖所をすら見捨て、城郭をも城壁をも、敵の手に渡された。敵は主の家で喚声をあげる。あたかも祭りの日のように。(7節)>

「ここでは『御怒りはヤコブに対して烈火となり、炎となって焼き尽くした(3節)』『おとめシオンの天幕に、火のような怒りを注がれた(4節)』というように、エルサレムに対する主なる怒りが述べられています。主は『王をも、祭司をも、激しい怒りをもって退けられた(6節)』のでした。」と三好牧師は書き出される。

第2章も「なにゆえ」という言葉で始まる。原語はエーカー(あぁ、なにゆえ)となる。エルサレムの破壊と荒廃はすさまじい。その破壊を先導されるのは主である。主が自らの神殿を破壊され、自らの民を滅ぼされる。「あぁ、なにゆえ…」という言葉しかない。

主が選ばれた主の民イスラエルの敵となられるのか。主はご自身である祭壇も、聖所も捨てられた。祭りを滅ぼし、園を荒廃させ、安息日をも忘れさせ、王も祭司も激しい怒りをもって退けられた。都を守る城壁を敵の手に渡された。「あぁ、なにゆえ」と嘆く。

イスラエルの礼拝・祭儀の場として初めてエルサレムに神殿を建造したのはダビデの子ソロモン王(970~931年統治)であった。

列王記上6章「神殿の建築は石切り場でよく準備された石を用いて行われた…神殿の内壁から床から天井の壁面までレバノン杉の板で仕上げ、神殿の床にも糸杉の板を張り詰めた。・・・神殿の奥を純金で覆い、内陣の前には金の鎖をわたし、これを金で覆った。このように、彼は神殿全体をその隅々まで金で覆い、内陣にある祭壇もすべて金で覆った。」

ソロモンの栄華をそのまま形にしたような豪華絢爛な神殿。人々にとってそれは不滅のものであり、自分の命が尽きることがあっても、神殿は神殿としてあり続けるものであった。

「わたしの目は涙にかすみ、胸は裂ける。わたしの民の娘が打ち砕かれたので、わたしのはらわたは溶けて地に流れる。幼子も乳飲み子も町の広場で衰えてゆく(11節)」と嘆いた。

偽預言者の「大丈夫だ平和だ。主の助けがある」と告げる偽りの言葉に耳を傾け、「悔い改めよ」と叫ぶエレミヤの言葉を聞こうとしなかったことを悔い、この悲しみの中で、主を責めることなく、この災いが自分たちの罪のゆえに下されたことを知る。

「平和がないのに、彼らが『平和だ』と言ってわたしの民を惑わすのは、壁を築くときに漆喰を上塗りするようなものだ。漆喰を上塗りする者に言いなさい。『それは、剥がれ落ちる』と…。お前たちが漆喰を塗った壁をわたしは破壊し、地面に打ち付けて、その基礎をむき出しにする。その時、お前たちはわたしが主であることを知る。(エゼキエル書13章)」

主イエスは「わたしに向かって『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。(マタイ書7章)」

祈ることはもちろん大切だけれど、主の御声に耳を傾け、目を見開いて主のみ旨を知らなければならない。そして知ったら明日を待たず実行することだとはわかっているが…。

日曜日はお近くの教会で礼拝を http://komatsu.church/index2.htmlどなたでもどうぞお越しください。お待ちしています。


共通テーマ:

哀歌 2章11~17節 [旧約聖書 哀歌]

<預言者はあなたに託宣を与えたが、むなしい、偽りの言葉ばかりであった。あなたを立ち直らせるには、一度、罪をあばくべきなのに、むなしく、迷わすことを、あなたに向かって告げるばかりであった。(14節)>

「哀歌の作者が経験したエルサレムの悲惨さが、リアルに示されます。『幼子は母に言う。パンはどこ、葡萄酒はどこ、と。都の広場で傷つき、衰えて、母の懐に抱かれ、息絶えてゆく(12節)』このような悲惨な出来事は人々の罪でありました。しかし、人々が罪から離れようとしなかったのは、その時代の預言者の責任でもありました。」と三好牧師は書き出される。

恵みを与え、民を守る、神の臨在の象徴であった「雲」が、今、民は神の怒りの嵐の雲のもとにいる。人々が行きかう豊かな国土は、神が民に約束されたものであったが、今は神によって無残に荒廃させられてしまった。勇士である神は、民のために敵と戦われたが、今や、神ご自身が第一の敵となられた。

かつて預言者ナタンに「わたしの僕ダビデに告げよ。」と言われ「あなたの身から出る子孫に後を継がせ、その王国を揺ぎ無いものとする。・・・わたしは彼の王国の王座をとこしえに固く据える。わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。…」と約束された。

神ご自身が約束されたそのダビデ王国を滅ぼし、王と王家の人々を捕囚に送られた。神の都エルサレムが破壊されることはないはずであったが、もはや存在せず、町の城壁と城門は粉々に砕かれてしまった。シオンの丘の神殿は地上で神が宿られる永遠の場所であり、神の慈しみを祝う所であった。

礼拝者の喜びに満ちた歌声は敵の勝利の叫び声で満たされ、神がご自分の民に会われた場所は、見捨てられ朽ちるに任されている。民は見捨てられ、もはや神に近づくことができない。どうしようもない荒廃と破壊が記されてゆく。

「これは単に物理的な荒廃だけでなく、霊的絶滅であり、彼らの神の死を意味した。アウシュビッツやホロコーストが多くのユダヤ人にとって神の死を意味したようにであった。何が一体エルサレムに残されているのか、何一つ残されておらず、共同体にとって、指導者から幼子まで、沈黙の喪に服することしか残らないのである。」とA牧師は説かれる。

預言者は人々を立ち直らせるために、彼らの罪を暴くべきであったのに、むなしく迷わすことを告げるばかりであった。先の戦争中にも多くいたが、偽りの預言者、為政者の取り巻きは、今の時代にも多くいる。いや、古よりも、もっともっと巧妙に存在している。

「神の言葉を語る者の責任は大きいのです。」と神学校長を経験された三好牧師は結ばれる。

芽吹きが危ぶまれるぐらい雪が積もったので心配だったけれど、蕗の薹の頭が少し見えてきた。

日曜日はお近くの教会で礼拝を http://komatsu.church/index2.htmlどなたでもどうぞお越しください。お待ちしています。


共通テーマ:

哀歌 2章18~22節 [旧約聖書 哀歌]

<立て、宵の初めに。夜を徹して嘆きの声を上げるために。主の御前に出て、水のようにあなたの心を注ぎ出せ。両手を上げて命乞いをせよ。あなたの幼子らのために。彼らはどの街角でも飢えに衰えてゆく。(19節)>

「エルサレムの人々に『立って、夜を徹して嘆きの声を上げよ』と呼びかけます。都が破壊されたという悲惨の中で、人々は悲しみを押し殺して沈黙しなければならないのではありません。『嘆きの声』を上げることが赦されています。」と三好牧師は書き出される。

「沈黙の喪に服す」時代が終わり、民の苦悩の原因である神に向かって、完全に嘆きを注ぎ出すことが赦される。「それは、いかなる希望も神にのみ存在するからです。民の未来の全て、それは『路上で死にかけている、子供たちの命』が、危険にさらされている現状です。」とA牧師は説かれる。

「主よ、目を留めてよく見て下さい。これほど懲らしめられた者がありましょうか。女がその胎の実を、育てた子を食い物にしているのです。祭司や預言者が、主の聖所で殺されているのです。(20節)」

「あなたはついに怒り、殺し、屠って容赦されませんでした。祭りの日のように声を上げて脅かす者らを呼び、わたしを包囲させられました。・・・生き延びた者も生き残った者もなく、わたしが養い育てた子らは、ことごとく敵に滅ぼされました。(21節)」

ほとばしり出る水のように主の御前に出て心を注ぎ出す。「主は水のように注ぎ出された人々の悲しみを受け止めて下さるのです。主はエルサレムに対して怒りを現わされました。けれども、心を閉ざしてはおられません。人々の立ち帰りを待っておられるのです。」と三好牧師は説かれる。

A牧師は「人々が恐れることなく自分の正直な、時には怒りに満ちた非難や不平を神に向かって注ぎ出すのは、詩編、ヨブ記、エレミヤ書に見られるように、旧約聖書の敬虔さの表現である。もし、苦い思いや困惑が心の中に存在したならば、それを神に聞いてもらい、神とその気持ちを共にし、そして癒されるために、彼らは神の前にすべてを注ぎ出したのです。」と説かれる。

毎日の営みで大きな苦難はないけれど、細々と愚痴が重なる。そいう時、安易に正解を出して自分を慰めることがないように心がけている。「このことは、神様のご計画なのだ」とついつい先走りする自分にブレーキをかけていると、思いがけなく道が開く。

90歳の教会員のYさんは12年近く眠ったままの状態である。先日娘さんたちにお会いした時、「こんなに長くなりましたが、そのせいで私たちは、家族もそうですが、いつも母を案じ、母のために一緒に祈る時が与えられました。」と言われた。

自分たちには答えはないけど、神様がお考えになって下さっていると信じることはほんとに慰めである。

日曜日はお近くの教会で礼拝を http://komatsu.church/index2.htmlどなたでもどうぞお越しください。お待ちしています。



共通テーマ:

哀歌 3章1~9節 [旧約聖書 哀歌]

<わたしは、主の怒りの杖に打たれて苦しみを知った者。闇の中に追い立てられ、光なく歩く。そのわたしを御手がさまざまに責め続ける。(1~3節)>

「哀歌の作者は、彼自身の経験とエルサレムの人々の経験を一つにして語っているのでしょう。3章には1章や2章のような都の悲惨さを具体的に表す言葉はありませんが、読者の心に残る象徴的な表現が多くあります。たとえば、主なる神が信仰者のゆく道をふさいで閉じ込めるという比喩です。」と三好牧師は書き出される。

旧約聖書のギリシャ語本文には「イスラエルが捕らえ移され、エルサレムが捨てられたのち、エレミヤは座して泣き、エルサレムを嘆くこの哀歌を作った。」とこの書を紹介している。そのため、エレミヤ書の直後に哀歌が置かれている。しかし、ヘブル語聖書は、エレミヤ書の後ではなく、ルツ記、雅歌、伝道の書、エステル記に連なっている。

これらの書はすべてユダヤ教の重要な祭りの公の礼拝で用いられた。エルサレムとその神殿の破壊を記念する月(通常7月)の9日の祭りに読まれた。この祭りでは紀元前587年のバビロンによる破壊のほか、70年のローマ人の手による破壊も彼らは思い起こした。

「哀歌の作者がエレミヤであるとは断定できないが、哀歌は彼のような預言者がいなければ存在しなかった。哀歌の中に見出されるのは嘆きや悲しみの感動的で激しい表現だけではなく、エルサレムの灰燼から不死鳥のように湧き上がる信仰なのである。哀歌は捕囚の民の信仰ではなくて、エルサレムの町に残された民の信仰であった。」と解説書は記す。

エレミヤは、エルサレムに下る神の審判が避けられない状態で迫っているが、神の変わらぬ愛に基づく希望がその災難の向こうにあることをずっと語ってきた。エルサレムに残された人々は、その彼の言葉を真剣に受け止めた人々であった。哀歌は、徒労に終わったかと思えるエレミヤの教えが、全く石地に落ちたのではないという事実を証言する。

「助けを求めて叫びをあげても、わたしの訴えは誰にも届かない。切り石を積んで行く手をふさぎ、道を曲げて私を迷わす。(7.9節)」

「エルサレムの都の破壊ほど深刻ではなくても、信仰者は誰でもこのような経験をすることがあるのではないでしょうか。前にも後ろにも動けず、立ち尽くして叫んでも誰も答えてくれないような経験です。哀歌の嘆きを読む時、私たちはその嘆きに共感を覚えて不思議に心が癒されるように感じます。」と三好牧師は結ばれる。

エレミヤ書、哀歌を通して苦難の向こうに希望があることを学んでいるが、苦難の最中、大事な人が命を落としたり、大けがをしたりして取り返しのつかないことになっても、苦難を神からの贈り物として受け取るということは、自分には簡単にはできないだろう。

主イエスは、頼りにならない弟子たちを残して十字架に架かられた。その時点において、人間的には主イエスの宣教は失敗でしかなかったが、神に従われ、命を差し出された。

日曜日はお近くの教会で礼拝を http://komatsu.church/index2.htmlどなたでもどうぞお越しください。お待ちしています。


共通テーマ:
前の5件 | - 旧約聖書 哀歌 ブログトップ